〜Meet the Whales in Amami〜

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掲載:machi-iro magazine #38
文:當田栄仁
撮影:當田栄仁(クジラ)、惠 大造(人物)

奄美探訪ロゴ

島では昔から「待てば大魚(フーイュ)」と言うが、僕が出会いを待っているのは魚ではなく、僕らと同じほ乳類。ここ数年、奄美近海への回遊数増加が報告されている「ザトウクジラ」だ。本当に奄美の海にクジラがいるの?地元の宝に鈍感なシマッチュは、正直この目で見るまではピンと来ないもの。いざ探訪ー

待てば…

朝8時。普段はダイビングや釣り船として使われている定員10名程の船に乗り込んで、クジラ探しに出発!久しぶりの海は、なんて気持ちいいんだろう。船長からレクチャーを受けながら、期待を膨らませる。

マチイロマガジン 奄美探訪 ホエールウォッチング写真

時折船を止め、海中に集音マイクを入れてクジラの鳴き声を探す。小湊漁港を出た船は、南へ南へと島影に沿って海を走る。「乗っている皆さんの目の数だけクジラを見つけるチャンスが増えます」と声をかけられて、いっぱし海上を睨め回す。

市崎近くで鳴き声をキャッチ!テレビで耳にしたことがある、あの「クゥークゥー」というイルカによく似た可愛い声だ。比較的小型種のクジラをイルカと呼んでいるだけで、両者に生物学上の違いはないという。船長くらいになると、鳴き声を聞くだけで、距離や頭数からクジラの境遇まで分かるらしい。

船長曰く「独身のもてない君」との距離はまだあるらしく、鳴いている間はしばらく姿も見せないとのことで、またしばらく南下が続く。

好天でベタ凪。又とない条件は揃っているが、中々クジラ君はその姿を現さない。先に出た船は大島海峡まで向かうと連絡が入るも、乗船メンバーの都合もあり、篠穂の滝辺りで僕たちの船は引き返すことになった…

地球史上最大

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巨大な生物クジラ。中でもシロナガスクジラは最長34m・最大190t 。現在、地球上最大の動物であるだけでなく、恐竜を含めこれまで確認された限り最も大きい種と言われている。

クジラの仲間は、マッコウクジラやシャチを代表格とする「ハクジラ」とプランクトンや小魚を濾して食べる「ヒゲクジラ」の仲間に大別される。奄美で主に観察されるザトウクジラは、シロナガスクジラと同じヒゲクジラの仲間ということになる。

クジラは陸から海に帰った動物だ。大型爬虫類が激減した寒冷な時代の海で、恒温動物の特性を活かして進化していった。

地球の表面積は、海と陸地で7:3 。人間の子供の身体も七割を水分が占める。情報と交通が発達し続ける21世紀。地球は小さくなったと言われるが、最後のフロンティアは海だろう。

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ザトウクジラにしても、そのサイズ故水族館での飼育が可能な訳もなく、交尾や出産の瞬間すら観察されていない。カバに近い仲間とも言われるクジラの底知れないミステリアスな魅力は、人智の及ばない生命の秘密につながっている。

シマッチュ

実は、今回の乗船メンバーには、大手旅行会社の商品造成担当者も含まれている。何事も積み重ねだが、奄美のホエールウォッチング(以下、WW)が旅行商品としてモノになるか。といった視察の場でもある。

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クジラを探す興克樹さん(写真左上)

案内してくれたのは奄美クジラ・イルカ協会(以下、協会)の興克樹さん。奄美海洋生物研究会の主宰として精力的に活動され、サンゴの産卵シーンの映像はつとに有名な他、昨年11月には日本ウミガメ会議を奄美で成功させている方だ。

WWへの取り組みは06年から。ダイビングショップを中心に、主に大島南部で鯨類出現情報の共有・集積を始め、12年に開催したシンポジウム「奄美のイルカ・クジラ2012 〜歴史と今から創造する未来〜」が大きな転機となり、13年には協会を設立、全島一斉調査やモニターツアー等の活動が本格化するに至った。

今シーズンの日本クジライルカウォッチング協議会の機関紙は、興さんが大和村沖で撮影したザトウクジラの写真が華々しく表紙を飾っている。全国的に見ても、奄美は最もホットなWWスポットへと成長しつつある。

協会の記録を見ても、年々奄美へのクジラ回遊が増えているのは明らかだ。その背景には、捕鯨禁止がある。現在、一部の国や地域を除き全世界規模で捕鯨は禁止されており、鯨の頭数全体が増加していることは容易に推測できる。

実は、奄美でも大正時代から昭和30年代まで捕鯨が盛んに行われており、解体基地であった瀬戸内町・久根津集落入口の大橋にはクジラのレリーフが名残をとどめる。

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興さんによれば、奄美近海のクジラは全頭「シマッチュ」なんだとか。夏場は栄養豊かな北の海で食いだめし、冬場は繁殖のために奄美・沖縄の海に帰ってくる。「恋のバカンス」地での天敵が不在となり、1回の出産で基本一頭しか産まないクジラの頭数は、緩やかな右肩上がりで回復していくだろう。奄美近海のクジラは、現状の倍に増える可能性があると興さんは読んでいる。

邂逅

船は出港した小湊の沖まで戻ってきた。奄美看護福祉専門学校の白い建物が見えるポイントにて、最後のつもりで集音マイクを海中に入れると、存外近くで声がする。しかも「今度は一頭じゃないぞ」と船長の緊張気味の声に、少々疲れ気味の乗船メンバーも目を輝かせる。そして「ブロウ(潮吹き)だ!」双眼鏡を手にした興さんの声が響き、船内の興奮はリミッターを振り切った。

それは、一頭のメスをめぐり、二頭のオスが激しいバトルを繰り返す三頭のグループだった。船は群れの後ろに張り付く。思った以上に距離が近い。船首に張り付いた乗客に、潮が降りかかる。生々しい臭いまでする。「ブォォッ」という腹の底に響くようなブロウ音。一個の生物というより、地球の息吹を聞くようだ。

盛り上がる巨大な黒い背中。可愛らしい形の尾ひれ。考えてみれば魚類は、エイやヒラメといった一部の例外を除いて横に身体をくねらすもの。「ザトウ」という和名も、琵琶を負う座頭法師の背中に似ていることから付けられたという。以前、クロマグロの生簀を見た時も驚いたが、およそ体長12m・体重30tというザトウクジラの大地がうねるような迫力は桁違いだ。

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ひと時のパフォーマンスの後、群れは潜水に入り15分程度の間隔で前方に再び姿を現す。クジラ類でも随一の胸ビレで水面を叩くペックスラップも見られた。学名メガプテラ(Megaptera)は「巨大な翼」という意。何て素敵な名前なんだろう。

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そしてブリーチ(大跳躍)。「オォーッ!」思わず童心に帰って大声を上げる。日頃から無愛想で通っている僕も、この光景を見て平然としてはいられない。連絡を取り合って別の船もやってきた。十分に堪能した僕たちは、後を譲って帰港することになった。

気づけば発見の一報から1時間が経過し、予定の時間をオーバーすることになったが、この大成果で文句を言う乗船メンバーはいない。船内は、転勤族の親子連れから、バニラエアの定期ご利用の観光客、我々オジサン連中まで不思議な連帯感と達成感に暖かく包まれた。

最近はアニマルセラピーという言葉もあるが、WWは癒しや研修としても最上質のものと思う。大げさではなく人生観が変わる。

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奄美らしく

島では「海は山うかげ 人は世間うかげ」とも言う。繁殖期のクジラ類は殆ど餌を食べないので、奄美近海の水産資源にも大きな影響を与えないのだが、豊かな森が育む美しい海と止まり木としての島があってこそ、クジラは故郷・奄美に帰ってきてくれるのだ。

観光メニューとして考えれば、やはり沖縄との比較は避けがたく、現状では価格面でもサービス面でも大きく水をあけられている印象がある。そこには資本力の違いが当然ある訳だが、協会は決して沖縄追従を目指している訳ではないようだ。

しっかりと個体識別を重ね、それぞれのクジラの経歴と付き合い方を各船が共有する。奄美らしいきめ細かい案内で、満足度の高いWWが目標となる。高速船が就航する海域では、クジラとの衝突事故が後を絶たない。また、大型船で先を争うように追い回したり、迫力を求めて接近し過ぎるような乱暴なやり方では、同じシマッチュであるクジラ君に申し訳ない。

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奄美らしいWWの可能性を感じさせるのは、協会の存在が大きい。操船を生業としているメンバーを、研究者である興さんが束ねているからこそ、一定のルールの下、バランスを取りながら地元が潤う仕組みが実現できそうだ。「僕たちは保護団体ではない」と興さんは言う。また、十人が十人「クジラLOVE」というメンバーではないが、いつまでもクジラが帰ってくる奄美の海であって欲しいという思いは共通していると。

最後に心温まるエピソードを。興さんが大浜の海洋展示館に勤務していた当時、沖縄の美ら海水族館で研修を受けたところ、「奄美からもう一人オキちゃんがやって来た」と暖かく迎え入れられた。

というのも、昭和52年の沖縄海洋博で行われたイルカショーの主役オキちゃんは、奄美大島近海で捕獲されたミナミバンドウイルカなのだ。オキちゃんの件で、美ら海水族館のスタッフは奄美側に深く感謝しており、12年のシンポジウムにも協力して下さったことから、今日の奄美WWの盛り上がりにつながった。

ちなみに本物の(?)オキちゃんは、美ら海水族館のイルカショーで、いまだに主役を張っているというから驚きだ。

奄美のWWシーズンは1月〜3月。奄美の春は、北の海からメガプテラが運んでくるのだと知った。

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