菊次郎さんが発展に尽力された台湾で、戦後間もなく悲しい事件が起きていた!

犠牲者数1万8千〜2万8千人

治安の悪化や役人の著しい汚職、軍人・兵士などの狼藉、さらに経済の混乱は到底受け入れがたいものであり、人々の不満は高まっていった。

「君が代」を歌い、歌えない者を排除しつつ行進。
「台湾人よ立ち上がれ!」と呼びかけた。

(Wikipediaより抜粋)
https://ja.wikipedia.org/wiki/二・二八事件

二・二八事件

いきなりショッキングな見出しで始まりましたが、皆さんは二・二八事件ってご存知でしょうか?

僕は恥ずかしながら、宜蘭市の江聰淵市長のFacebookページの記事で知りました。

ちなみに江聰淵市長はマチイロマガジンに2回程ご登場いただいたことがあるので、ご存知の読者もいらっしゃるのではないでしょうか。

二・二八事件とは

Wikipediaによると…

ウィキペディア(Wikipedia)二・二八事件より

1947年2月27日、台北市で闇タバコを販売していた女性を、中華民国の官憲(台湾専売局台北支局密売取締員6名と警察官4名)が摘発した。女性は土下座して許しを懇願したが、取締官は女性を銃剣の柄で殴打し、商品および所持金を没収した。

戦後の台湾では、日本統治時代の専売制度を引き継ぎ・タバコ・砂糖等は全て中華民国によって専売となっていた。しかし、中国大陸ではタバコは自由販売が許されていたため、多くの台湾人がこの措置を差別的と考え、不満を持っていた。タバコ売りの女性に同情して、多くの台湾人が集まった。すると取締官は今度は民衆に威嚇発砲したが、まったく無関係な台湾人に命中し死亡させた後に逃亡した。

この事件をきっかけとし、民衆の中華民国への怒りが爆発した。翌28日には抗議のデモ隊が市庁舎へ大挙して押しかけたが、中華民国側は強硬姿勢を崩さず、憲兵隊は市庁舎の屋上に機関銃を据えて、非武装のデモ隊へ向けて無差別に掃射を行う。多くの市民が殺害され、傷を負った。この後、国府軍は台北以外の各地でも台湾人への無差別発砲や処刑を行っている。

台湾の行政院は、事件の犠牲者数を1万8千〜2万8千人とする推計を公表している。

(Wikipediaより抜粋)
https://ja.wikipedia.org/wiki/二・二八事件

戦後のアメリカ統治や闇市を経た奄美に生まれた者としては、なんとも悲しい事件。

ネットで『二・二八事件』を検索すると色々な記事がヒットするのですが、内容が恐ろしいので掲載は控えますね。

戦後の混乱期であるとは言え、本誌で連載している菊次郎さんが発展に尽力された台湾でこのような恐ろしい事件が起きていたとは、悲しいですね。

「永久に戦争は起きないでくれ」と願うばかりです。