金作原

世界自然遺産登録の実現後を想像すれば、胸騒ぎに似た不安を覚え始める。金作原で行き交う人同士の肩がぶつかり合う状況になれば、環境への影響は無視できないレベルに…

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春ただ中の早朝。天候は晴れである。
原生林・金作原。なぜまちを抱く山並みの懐深くにその森は在る。
最近ことに思いが募る。地域の宝について、僕らはどれほどのことを知っているだろうか?
目指すは奄美群島国立公園のコアゾーン。
いざ探訪-

– kinsakubaru –

第一章 取材記

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深くえぐられた轍(わだち)に車体は上下動を繰り返し、時にタイヤは路肩の際(きわ)を渡らなければならない。不慣れな街乗りドライバーには、先導車がない道のりは心細いものになっただろう。

今回金作原原生林を案内していただいた認定エコツアーガイドの水間さん(観光ネットワーク奄美

今回は、ガイドツアーへの同行取材ということで、名瀬市街地から大和村方面へとツアー車輌を追いかける。三儀山運動公園から知名瀬トンネルを経て、どん詰まりを左へ。ここまで来ると、道路案内に「金作原」の文字が現れる。登りにさしかかる所から林道・知名瀬線。金作原に向かう方法は他にもあるが、道路幅が広く舗装区間が長い、このルートが安全安心だ。

林道知名瀬線を登りきって合流する、通称「スーパー林道(※1)」は、道路状態もあって少々長く感じるが、実際には金作原まで二キロに満たない。このスーパー林道、実は林道ではない。昭和四十七年に整備された奄美大島の中心を背骨のように貫く一本の道路が、市町村ごとに管理されており、奄美市内の部分は正式名称を「市道奄美中央線」という。奄美では、市街地を走る舗装道路と同じ分類の道が原生林につながっている。何だか痛快に思うのは僕だけだろうか?。

「原生林」という言葉は、金作原が有名になったことで聞き慣れたように思う。全く人が足を踏み入れていない森を「原始林」と呼ぶが、厳密にそのような場所は地球上にほぼ存在しないと言うから、その次に位置づけられ、ほとんど伐採など人の手が入ったことのない原生林は、やはり「サンクチュアリ」と呼ぶにふさわしい聖域なのだろうかと期待がふくらむ。

市街地からおよそ三十分。道路脇に、トトロの雨傘を連想させる大きなクワズイモの葉が並び始めた。金作原はもうすぐだ。

Gate

久しぶりに金作原を訪れる方は、きっと驚かれると思う。混雑を避けようと平日の午前中に取材をお願いしたにもかかわらず、入口周辺の路肩には既に多くの車両が並んでいる。ほんどが観光ガイドのワンボックス車か、ナンバーでレンタカーと分かる。

歩けば更に、予想を上回って人が多い。レイヤード(重ね着)の登山スタイルに、帽子・トレッキングシューズ・バッグパックと小物類もバッチリ決めている方が目につく。中には、トレッキングポール(登山用の杖)を使っている方も。極端に足元が悪くない方が人は転倒しやすいし、山の天候は変わりやすい。やはり服装・装備は過剰なくらいが賢明だ。

初っ端から以前とは違う雰囲気に戸惑うが、世界自然遺産登録の実現後を想像すれば、胸騒ぎに似た不安を覚え始める。かつて盆正月の商店街がそうであったように、金作原で行き交う人同士の肩がぶつかり合う状況になれば、環境への影響は無視できないレベルに跳ね上がるのではないか?すわ入山規制や入山税という話になるのではないか?

やはり印象的なのは入口に設けられた金網のゲートである。正直、何だか拒絶されたような印象はあるが、ゲートの設置によって、管理車両や緊急車両を除いて車が通れなくなったことで、盗掘が減り、植生については早くも良い影響が見受けられるという。

こういう話を聞いても、「くまや島ど?尾瀬だか屋久島あらんどや?」と、島人(しまっちゅ)の多くは少々冷めた思いかも知れない。しかし、僕らが知らない内に、奄美は、というよりむしろ奄美を取り巻く環境は大きく変わり始めているのだ。

Bra

金作原は、気持ちの良い音に満ちている。いきなり「コココココ…」。リズミカルなドラミングは、国の天然記念物オーストンオオアカゲラだ。「ヒョーロロロロ…」形容の難しい美声はアカヒゲだろうか?

水豊かな森にはカエルも多く、オットンガエル・アマミハナサキガエルといった固有種が生息している。中でも「日本一美しいカエル」とも言われるアマミイシカワガエルの泣き声は、女性の叫び声とよく似ており、夜の闇やハブと共に山に入る島人を震え上がらせてきた。

「ボーッ、ボーッ」という泣き声から「シャクハチバト」とも呼ばれるズアカアオバトが、手が届きそうな高さで巣を作り抱卵している。オリーブ色の羽毛が美しいが、警戒した彼女の鳴き声を聞くことはできない。

道路脇の渓流には、アマミシリケンイモリが泳いでいる。赤いお腹と小さな指がカワイイ。ガイド氏に「チョウチンブラですよね?」とうかがうと「いや本当は『ショウジンブラ』って言うらしいですよ」とのこと。きれいな水にしか生息しないことと尾を振る様からつけられた「精進振」が訛った結果らしい。いつか「ブラブラ揺れる赤提灯みたいだからよ〜」と教えてくれた先輩〜、違ってますよ〜!

結果として、奄美大島の多様かつ固有性の高い自然環境を守ったのがハブの存在であることに異論はないだろう。過去に本探訪シリーズでもハブ捕りを取材したが、生態を知るほどにただただ怖い(笑)。奄美大島と徳之島の生活文化は、ハブを避けることを前提に形作られてきたし、自然界における最大の脅威が人間であることを考えれば、動植物にとって幸いなことだったろう。

琉球諸島の多くが、約一千万年前からの地殻変動により大陸から切り離され、隔離された後、生き物たちは各島の環境に適応し、固有種へと進化してきた。ハブとアマミノクロウサギは、原型となる化石の出土や独特の分布などを通じて、島々の成り立ちを今に伝える生き証人とも言える。

人類誕生から五百万年、現生人類が現れたのは三十万年前。僕らが生命の箱舟にたどり着いたのは、つい今しがたのことに過ぎない。

Frying Spider-monkey Tree

金作原と言えばヒカゲヘゴというイメージを持っておられる方が多いのではないだろうか。『風になれ』の観光ポスターできっかけを作られたカメラマンの浜田太さんには、頁を改めてお話をお伺いしたい。

頭上高く陽に透ける葉脈が美しい。軽く十mを超える横綱級がそそり立つ姿は圧倒的だ。日陰が好きなのではなく、他の植物に日陰を提供することからの命名とのこと。

そもそもシダ類であり、成長途中の新芽をのぞくと巨大なゼンマイといった趣だ。ヒカゲヘゴ自体の成長が非常に早く、次々と葉を落とし、日光を求めて、時にはうねるように伸びていく。落ちた葉の跡が、少々気味の悪い目玉状の模様になる。

よく観察すると、幹の下部は黒く細かい毛のようなもので覆われている。これは気根と言われる根で、成長して板状になっているものまである。約三億年前のシダ類の大森林が、十八世紀からの世界の産業革命を支えた石炭になったと言われる。既に炭化し始めているようにも見えるが、化石燃料に変成するまでは気の遠くなるような時が必要だ。

一億年以上前から生き残った植物として「生きた化石」とも呼ばれるとおり、ヒカゲヘゴの群生は恐竜時代を彷彿とさせる。今にも大型恐竜が現れそうな雰囲気で、過去にゴジラ映画のロケ地となった(※2)のも、ヒカゲヘゴの存在感が大きいだろう。

シダ類は、植物分類上は花の咲かない胞子植物に分類される。動物で言えば血管と背骨を兼ねた「維管束」という組織の発達により、藻やコケから進化した。日光を求めて維管束を伸ばして葉を上へ上へと押し上げつつ、水分を確保しようと空気中に気根を伸ばす。ヒカゲヘゴがこれだけ巨大な姿と群生を維持しているという点からも、金作原という森の特徴が見えてくる。

Sub-tropical Forest

常緑広葉樹の木々が競って葉を伸ばすことで、金作原は緑のドームで覆われる。真夏日にも地上に直射日光が届くことはなく、柔らかな間接照明の中、ドーム内には生命のミストが充満している。結果、すこぶる空気が美味しく、いるだけで力が漲るパワースポットとなる。

根を地中に張らないオオタニワタリは、なぜ木々に着生できるのか?前提として、年間を通して空気中の水分が凍結しない亜熱帯性気候の森であること。そして、舞い落ちる落ち葉を、お猪口状に広がった葉で受け止め腐葉土として養分を得るという、独自のリサイクルシステムを持っている。オオタニワタリが抱える腐葉土には、他の植物や昆虫も寄生しており、複雑な生物群集を形成している。

生命のオアシスとも言える恵まれた環境は、一方で厳しい生存競争のるつぼでもある。台風で枝が折れ幹が倒れれば、そこを足場にすぐさま新芽が伸びる。あたかも人体の免疫システムのように、傷をふさぎ再建して、生命力を取り戻す。そう、森は生きているのだ。

生きる森の中では、死もまた生の一部と言える。屍は次なる生命の肥やしとなる。落ち葉も活発な微生物の働きで分解され、すぐに葉脈だけとなるため、路上に落ち葉が積もらない。不完全分解が少ないため、森全体に殆ど腐敗臭がなく、むしろ良い香りに包まれている。

日中、森を守る高い葉が、強い日差しに照らされて水分を奪われる。上昇した水蒸気は、集合して雨雲となりスコールを降らせる。清浄で栄養に富んだ土壌から、谷を渡り、里へ海へと豊かな水が流れ込み循環する。金作原をはじめとする奄美の森は、巨大な浄化装置であり、この島の豊かさの源泉とも言える。

島人なら誰でも一度は聞いた言葉を思い出すはずだ。「水や山うかげ 人(ちゅ)は世間うかげ」。

Guide

クライマックスは、森の主とも言える「オキナワウラジロガシ」との対面だ。昨年公開された映画『怪物はささやく』を思い出させる威容は、何かを語りかけてくるかのようだ。ドングリは国内最大級。堅牢な木質は建材としても有益で、首里城の守礼の門にも用いられている。最大の特徴である四方八方にうねる板根は何ともエネルギッシュだが、これも斜面にしがみつき、養分となる腐葉土にする落ち葉をせき止めるためであり、他の木々との生存競争に打ち勝つための術なのだという。

樹齢およそ二百年。しかし、本当の樹齢って何でしょう?とガイド氏は問う。壮絶な場所取り合戦と台風など苛烈な自然環境にさらされ、金作原はじめ奄美の森では巨木は育ちえない。目立った大きさになれば、ほとんどの木々は折られ倒れる。しかし、その根元が朽ちる前に、新芽が芽吹き、親木を養分にして成長していく。

初めてガイドしていただいて見えてきたのは、金作原の思いがけず力強い姿だ。外来生物対策やノネコ対策など、自然を守るために考え行動していかなければならないが、我々人間が守ってあげようというのは少々不遜な心構えかも知れない。一生物(いちせいぶつ)として、この地に生かしてもらっている畏敬と感謝の念から全てをスタートしたい。

ギンリョウソウ

道すがら、貴重なランの数々やギンリョウソウの群生も見せていただいた。ダイナミックな生命力だけでなく、金作原では繊細な美しさも堪能することができる。これらの気づきを与えてくれたガイド氏に感謝したい。長年にわたって磨かれた明瞭な解説に、深い愛情と誇りを乗せて、一行の胸に届いていた。アマチュア天国と言えば楽しげだが、言い換えれば絶対的にプロフェッショナルが足りないこの島で、貴重なプロの仕事を見た。

タブレットを駆使しながら、わかりやすく説明する水間さん

奄美を代表するガイド氏の言葉に「一年中奄美大島」「二十四時間奄美大島」というものがある。奄美の自然の魅力は「生態系」だ。いつどこに行って何を見れば「分かった」ことになる、という単純な話ではない。日一日、刻一刻と表情を変える奄美の自然を知るには、熟練のエコツアーガイドをお願いすべきだ。

Road to World Natural Heritage

世界遺産とは、人類共通のかけがえのない財産として、将来の世代に引き継いでいく宝物。直近で、その内訳は文化遺産八三二件・自然遺産二百六件、複合遺産三十五件となっている。日本国内の世界遺産は二十一件で、文化遺産十七件・自然遺産四件。世界遺産の中でも、自然遺産は稀少で価値あるものだと分かる。僕らは、世界から重い十字架を背負わされようとしているのだ。浮かれている場合ではない。

昨年三月に誕生した「奄美群島国立公園」は、国内三十四ヶ所目にして、「生態系管理型」と「環境文化型」という二つの新しい考え方に基づいて、保護管理が行われている。貴重な自然環境だけでなく、地域の暮らしや営みとの共存を目指す取り組みで、そのまま世界自然遺産登録に向けた道のりへとつながっていく。

取材に前後して、地元関係機関の取り組みも目立ってきている。旅行全般の形態が、団体旅行を中心とする「マスツーリズム」から、環境保全と地域振興の両立を目指す「エコツーリズム」へとシフトしつつある中で、「奄美群島エコツーリズム推進協議会」が立ち上がった。また連動して「エコツアーガイド連絡協議会」が、ガイドの養成・認定・紹介等に取り組んでおり、同協議会に在籍するエコツアーガイドは六十八名に上る。

今年二月には、奄美大島利用適正化連絡会議により「金作原における利用適正化実証実験」が行われている。自然環境の喪失や交通トラブル等の現状を把握し、今後の利用ルール適正化が図られることになる。

島人はおもてなしの心が備わっているかのように言われるが、果たしてそうだろうか?マス観光では、本土で作られた旅行商品の素材として地域の観光資源を切り売りすれば良かったが、エコツアーでは、地元自ら地域を商品として売り込むことになる。自分たちの魅力をいかにして売るのか?守るべきものは何なのか?当然のことながら、地元の人間が地元のことを知らなければ何も始まらない。それどころか、押し寄せる波に飲まれて、波が引いた後の自然環境にも地域経済にも、ゾッとするような未来が待っているかも知れない。

世界自然遺産登録(本稿編集中に「登録延期」のニュースが飛び込んできました)に向けて、自分に何ができるだろうと思われている方。まずは金作原を訪れてみることをお勧めする。奄美大島の本当の魅力に向けて、あなたの扉が開かれるだろう。ただし最低限の約束をして下さい。「とる」のは写真だけ。「のこす」のは心だけ。

「でぃ!金作原ちいもろう!ムンぬ知り果てやありょらんど!」

備考

お世話になったガイド

観光ネットワーク奄美
・ 鹿児島県奄美市名瀬幸町19-5
・ 0997-54-4991
http://www.amami.com

奄美大島・金作原における利用ルールの運用開始について

国・奄美市・民間事業者・県等で構成する奄美大島利用適正化連絡会議では,2019年2月27日から「金作原(きんさくばる)」(奄美市)において奄美大島の貴重な自然環境を保全するための利用ルールの試行を開始します。
2月27日以降,金作原を利用する場合は,認定エコツアーガイドの同行をお願いします。皆様のご理解,ご協力を賜りますようお願い申し上げます。

鹿児島県
https://www.pref.kagoshima.jp/ad13/kurashi-kankyo/kankyo/amami/kinsakubaru.html

この記事は平成30年7月発行のマチイロマガジン49号より転載しました。
掲載している情報は全て取材当時のものとなります。