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奄美大島酒造株式会社

龍郷町役場近く、国道58号線沿いの主要3銘柄巨大ボトルが目印の奄美大島酒造。
島人に「浜千鳥」の蔵として愛され続け、今や国際的評価をも確立した、奄美を代表する酒造メーカーの名酒づくりの秘密とは?

奄美群島黒紀行 ©まちいろ
「1953年。当時の大蔵省が、熊本国税局大島税務署の管轄区域に限って黒糖原料の焼酎製造を特認した。」という奄美黒糖焼酎は、奄美群島でしか製造を認められていない島人の宝。
この奄美群島黒紀行では、酒蔵を取材し製造工程に光を当てることで島人の宝の魅力を掘下げて紹介していく、不定期連載。

名水あるところに名酒あり

奄美大島酒造 ©まちいろ地名の由来は諸説あるのが常ですが、「龍郷」については「田つ(の)川」に漢字があてられたとする説があります。島の俚言に「水は山うかげ(のおかげ)」と伝わるように、緑豊かな山があってこそ清らかな水と実りがもたらされます。森と水の里・龍郷にふさわしい説ではないでしょうか。

酒の土台は「水」です。酒の原料の中でも、おいしい水だけは人間の技術を尽くしても作り出すことはできません。
だからこそ昔から「名水あるところに名酒あり」と言われ、事実、全国の酒造メーカーの多くが名水の里に蔵を構えています。

奄美大島酒造が選んだのは、奄美一の名水として知られる「じょうごの水」。龍郷の豊かな森が育んだ清水は、交通の要所であった屋入峠を行き交う人々の喉を潤し、ふもとの村に実りをもたらしてきました。

奄美大島酒造では、その名水を、自然のろ過作用を経た水源地の地下120mから汲み上げ、一次仕込みの段階から使用しています。

名酒の秘密への探訪。まずは、そのルーツである「じょうご」の水源地を目指すことから始めるとしましょう。

じょうごの谷

ジョウゴの狭い谷底に降りると、あたりは鬱蒼と暗かった。沢の両岸から羊歯が覆いかぶさり、さらにその上にはイジュや椎の大木がそびえている。水面に木漏れ日が映り、ちらちらと揺れていた。遠くからアカヒゲのさえずりが聞こえてくる。魚の跳ねる音もする。ヤンチュを狩りに来たのでなければ、こんなに気持ちのいい場所はない。

遠田潤子著『月桃夜』(第二十一回日本ファンタジーノベル大賞受賞作)より ―

奄美大島酒造 ©まちいろ

竹山杜氏(当時、写真右) と筆者

龍郷町浦集落から屋入峠を登る山道は、かなりの悪路です。案内役を買って出て下さった竹山茂機杜氏が、少年時代はバスで峠を越したものだが、一人残らず車酔いしたもんじゃと笑うのもうなずける話です。

山頂近くまで来たかと思う頃に、草生した石橋にたどり着きました。「上戸川」「昭和二十八年」と刻まれた橋柱の文字は薄くかすんでいます。ここからは車を降り、じょうごの谷を源流目指して歩を進めます。

枯れ枝を振りながら道なき道を、時に沢に足を踏み入れてのリバートレッキング。リュウキュウハグロトンボが妖精のように舞い、控え目ながら幻想的な花々が咲く、マジムンが守る森。ここでは、人間が主役でないことは明らかです。
まだ夏雲が切れない候ですが、優しい木漏れ日と時折谷を吹き抜ける風が心地良い。時間の感覚が薄れ、流れる水がいよいよ澄んできた頃、大きな滝にたどり着きました。

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amamioshimasyuzo-24これ以上は ― と柔らかく拒絶されているように思えて足を止めました。流れ落ちる清流からマイナスイオンがほとばしります。コモリの冷水で腕と首筋を冷やすと、すぐに火照りは去り、身体が軽くなりました。水をすくいティスティングする竹山杜氏に続く面々。甘やかな水は、全身を優しく寛げてくれます。水は人間の体重の60%以上を占めます。汗として流れ出た水分を、この清水で補って身体が喜ばないはずがありません。一行は時を忘れ憩いました ―

じょうごを舞台とした兄妹の伝説は、島では昔からよく知られています。悲恋としても怪談としても語られる話であり、先に引用した小説の舞台にもなっているように、今でも多くの人々がこの地に畏怖の思いを抱いています。大事なことは史実かどうかではなく、今もじょうごの地が、ウナリ神信仰など奄美の精神世界の深い部分に通じる場所であり続けている、島人にとって重要なパワースポットであるという事実です。

地域と共に

続いて工場を訪れ、生産ラインを見学させていただきました。

奄美大島酒造 ©まちいろ

工場内は整然とステンレスのタンクが並び、非常に衛生的でしっかりと管理されていることが一目で分かります。
奄美大島酒造で用いる黒糖は、全て島の太陽と大地の恵みを受けた、島人が育てたサトウキビから作られたものです。最もコストの高い島内産黒糖にこだわる第1の理由は「品質」。島人が丹精込めた新鮮な黒糖は、他の産地とは風味が格段に違い、それはそのまま焼酎の仕上がりに表れます。

第2の理由は「地域活性化」。原料生産から製造、販売まで、全て地元の人間が関わった物づくりで外貨を獲得することにより、島の隅々まで潤えるようにと考えてのことです。

この困難な理想を実行できるのは、奄美群島と共に成長してきたマルエーグループだからこそ。島内唯一の大型製糖工場が同じグループであることから、安定的に極上の黒糖が供給でき、製造された焼酎は、幅広い流通ルートから島内はもちろん全国各地に配送されていきます。

伊勢工場長(当時、写真右)と筆者

伊勢工場長(当時、写真右)と筆者

工場見学の最後、伊勢工場長から素晴らしいお話をうかがいました。今年の正月、同窓会で集まった若者達からある相談を受けたそうです。再会の日を誓い、友情の証として自分たちの焼酎を作りたいのだと。ならばと工場長は、日付と杜氏の名を記したラベルを張った甕に焼酎を仕込み、若者に語りかけました。再会の日、甕を開ける瞬間に自分達も立ち合わせてくれ。ただし一つだけ忠告するが、甕を管理するのはセイゴレ(酒飲み)に任せては駄目だぞ、と。

故松下幸之助氏は「企業は人なり」と語りました。企業活動を通じて心から地域のために貢献できる、こうした社員の方が大勢いらっしゃる有村商事グループは、これからも地域と共に成長していくことでしょう。

命の水

amamioshimasyuzo-31酒米に麹を加えての一次仕込み、黒糖液を加えての二次・三次仕込み、最後に「蒸留」を経て黒糖焼酎が誕生します。

ある意味人生の伴侶でもあるこの酒を、島人は「セエ」とも愛着を込めて「セエックヮ」とも呼びます。蒸留酒の語源は「命の水」。英語では「スピリッツ」と言います。「セエ」は音韻的に「精霊」「精神」につながり、意味的にも蒸留酒の本質に根っこで通じているようです。

取材の締めは、やはり試飲。命の水が喉を走ると、身体の真ん中に火が灯り、山歩きで疲れた身体の隅々まで焼酎が染み渡ります。製造過程を知り、銘柄の特徴を比較しながらいただく時間は、焼酎への愛着を一層深めてくれます。工場見学と試飲は、日曜祝祭日以外なら予約なしの飛び込みでもOKとのことです。

amamioshimasyuzo-18国際食品評価組織モンドセレクションにおいて、代表銘柄『高倉』が、今年は遂に、「国際優秀品質賞」を受賞しました。全て奄美の人と自然による本格スピリッツが世界で評価されたことを、島人はもっと知るべきであり誇るべきだと思いますが、奄美大島酒造の酒造りを実見させていただくと、然るべき評価が後からついてきたようにも思えます。

一時の「ブーム」が去り、「本物」の黒糖焼酎の時代がやって来る。そんな予感がします ―

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 <参考文献>
『日本の伝説23 奄美の伝説』島尾敏雄・島尾ミホ・田畑英勝著
『月桃夜』遠田潤子著
『奄美方言 カナ文字での書き方』岡村隆博著

奄美大島酒造株式会社

奄美大島酒造 ©まちいろ
鹿児島県大島郡龍郷町浦1864-2
TEL 0997-62-3120
www.jougo.co.jp

 

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Profile

歩きすと

とうだひでひと 1967年、鹿児島県名瀬市(現、奄美市)生まれ。筑波大学卒。第2学群比較文化学類にて宗教学専攻。卒業論文は『奄美のユタ神のコスモロジー』。研究継続を志して帰郷した後は、在野としてアカデミックな枠を超えた奄美研究に没頭し、その一環として奄美探訪を書き綴っている。大学在学中には男声合唱団メンネルコールに所属し、パートリーダー兼ソリストを務める。音楽嗜好はクラシック系歌曲からハードロックまで全般。最近は、地域活性化バンド「濱田洋一郎と商工水産ズ」の一員として「音楽のまちづくり」活動に取組んでいる。
また、25歳から始めた相撲競技では、職域相撲での優勝経験。県民体育大会での監督経験、全日本実業団及び西日本実業団への出場など、スポーツマンの一面も。奄美市職員。
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取材日:平成22年10月1日発行。
※掲載している情報は全て取材当時のものとなります。

 

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