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マグロの島

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実は水産庁に勤務したことがある。
水産技術の専門家から直接お話をうかがう機会にも恵まれた。
奄美のクロマグロ養殖が本格化する過程を喜びながら、なかなか現場にうかがう機会がなかった。
今回の取材は、個人的な宿願でもあった。
いざ探訪ー

 

黒いダイヤ

奄美探訪#30 ©まちいろ

奄美探訪#30 ©まちいろ鯖が投げ入れられるたびにゴゥッと空気を震わせ、次々と海面がうねり上がる。夏の強烈な陽射しが、海中のメタリック・ボディを青く照らす。

百五十キロ超のクロマグロの成魚五十尾余が、大型生簀を悠然と泳ぎ回る様は実に壮観だ。これまで目にしたことがない巨大な生物との遭遇に、胸が早鐘を打つ。

瀬戸内町花天(けてん)の近畿大学水産研究所・奄美実験場を訪れている。花天集落は、古仁屋からでも車で1時間ほどかかる西古見のすぐ手前。いわば奄美大島の奥座敷ともいうべき場所だ。海の碧は一層深い。

奄美大島・瀬戸内町は「クロマグロ養殖日本一のまち」を堂々と宣言している。生簀の数、出荷尾数、出荷重量…。どの段階で何を基準にして比べるかという問題はあるが、奄美大島産が日本の養殖クロマグロの六割を占めるとも言われており、お隣の宇検村を含めて、奄美大島が養殖クロマグロの日本有数の産地であることは間違いない。




奄美探訪#30 ©まちいろ言うまでもなく海水は清浄で、入り江が深く入り組んだリアス式の地形により、波穏やかな上に十分な水深を有している。加えて、気候が温暖で冬でも水温が二十度を下回らないなど、この上ない好条件が揃っている。

とはいえ、お話をうかがった宮武弘文事業場補佐によると、本当の意味で事業が軌道に乗り始めたのは「ここ数年」のことなのだとか。クロマグロと言えば、鮨屋で供される大トロの握りを代表格に「黒いダイヤ」とも喩えられる最高級魚種である。一方で、その巨体に似合わず、ストレスに弱く飼育が難しい繊細な性質を合わせ持っている。飼育にあたっては学術的データと経験則の蓄積、決して緩むことが許されない厳しい現場管理が求められる。

一尾当たりのコストを考えると僕のような気が小さい人間は腰が引けてくるが、現場の雰囲気は、意外なほど明るく開放的だった。日焼けした男たちの白い歯が印象に残った。むしろ肝が据わっていなければ乗り切れない、正にビッグプロジェクトなのだと感じた。

近畿大学と言えば、相撲競技を中心に奄美とは縁の深い学府である。奄美大島が複数の業者がしのぎを削る「クロマグロ養殖のメッカ」と言われるまでに成長したのは、養殖界のパイオニアである近畿大学が早々と奄美大島に目を付けたことが大きい。

 

内需あっての…

奄美探訪#30 ©まちいろ島人全般に「クロマグロ養殖日本一」の自覚は薄いのではないか。クロマグロと聞くだけで、バブリーなどこか遠い世界(銀座の鮨屋?赤坂の料亭?)の食材と感じるし、実際のところ種苗にしろ成魚にしろ大部分は島外に出荷されている。

しかし、それぞれの養殖場で少なからぬ雇用が生まれているのは事実だし、「素材」としての市場の中心が地元ではないから関係ないと思い込むのは早計だ。生産直後、いわば市場の「川上」で素材を手にする好機に恵まれているのだから、創意あふれる「加工」と「ブランディング」によって「川下」で「商品」として売り出せる可能性は十分にある。

県内のいちき串木野市という好例がある。昔からマグロ遠洋漁業の基地として知られ、かつては全国有数の水揚げ量を誇っていた同市だが、近年は、近海の生鮮キハダマグロを除けば、殆どが静岡県焼津港と神奈川県三崎港に水揚げされている。しかし、地元飲食業組合が「串木野まぐろラーメン」を「開発」し、今では地元グルメとして全国的な人気を誇っている。

決してケチをつける訳ではないが、現在の串木野港が遠洋マグロで活況を呈している訳ではないし、「まぐろラーメン」なるものが昔から郷土料理として親しまれてきた訳でもない。過去のイメージを活かしてブランディングすることでも、地元グルメは「作れる」ものなのだ。

数年前から、奄美市内の一部のスーパーや回転寿司店などでは「近大卒」のクロマグロが活躍し始めている。今年七月にはシーカヤックマラソンに合わせて、瀬戸内町内の飲食店十店舗でマグロメニュー(バーガー、餃子、丼など)を供するキャンペーンが好評を博した。出荷時の解体作業に際して発生するカマや内臓などのロス分を利用して、安価なオリジナルメニューを出す観光施設も出てきている。

実は奄美は、キハダマグロ(シビ)を中心にメバチ(バチ)、ツナ缶で使われるビンナガ(ビンチョウ)といった多彩な天然マグロ類の宝庫でもある。養殖クロマグロやカツオと合わせて、あらゆる種類のマグロ類を味わえる「マグロの島」としてPRできる要素は十分に持ち合わせている。

また、島外PRに打って出るイベントに際して、クロマグロの解体ショーと切り身の即売や華やかなメニューの提供が実現できれば、大きなインパクトを出せるだろう。

内需あっての外需。まずは地元が愛用しなければ、外の方は地域性を認めないし財布のひもを緩めてはくれない。取り組みは始まったばかりだ。

 

とる漁業から育てる漁業へ

今夏、ウナギ価格の高騰が話題になった。ウナギの大半は、稚魚であるシラスウナギを捕獲し、半年間養殖して成魚として出荷されるが、国内の漁獲量が最盛期の232tから6tまで激減しているのだ。

「世界のウナギを、日本人が食い尽くそうとしている。」ウナギの約七割を日本が消費している現状では、こうした国際社会の批判も的外れではない。アジアに生息するジャポニカ種では足りず、ヨーロッパ種の輸入が急増した結果、EUはヨーロッパウナギをワシントン条約の付属書Ⅱとし、今春から全面輸出禁止とした。アメリカ種も同様にワシントン条約の対象となる見通しだ。

ここ数年の内にも、日本の食卓からウナギが消える。ウナギを絶滅危惧種に指定しようという議論もある中で、これは決して大げさな話ではない。食文化という意味では大事にしなければならないが、以前は専門の料理店の高級食材としてありがたくいただいていたウナギが、赤札を貼られて年中スーパーの店頭に並ぶという状況の方がおかしいのかも知れない。

奄美探訪#30 ©まちいろ一口に「養殖」と言っても、ウナギやハマチのように稚魚から成魚まで飼育する場合が多く、成魚を出荷までに太らせる高級魚種の「蓄養」というパターンもある。卵→稚魚→成魚→卵という「完全養殖」には、当然高度な技術が必要だが、天然資源に手をつけることなく出荷できるので本当の意味で「育てる漁業」と呼ぶことができる。

既にカキ、ホタテなどは養殖もの抜きには語れないし、近年新たにサーモン類はじめ様々な魚種が食卓に定着している。消費者の養殖に対するネガティブなイメージは薄れ、むしろトレーサビリティ(生産情報)や安定した品質面から信頼を勝ち取りつつある。

完全養殖を、クロマグロという大型高級魚種で実現した、近畿大学の功績は大きい。全世界規模で人口増加が続く中、食の安全と環境への配慮という前提に立った上で、将来の食糧確保のために養殖技術を継承・発展させなければならないのは自明だ。

 

夢を”TUNA”ぐ

「ツナ缶」で知られるマグロの英語名”TUNA”は、「突進」を意味するラテン語”thynnus”に由来するという。養殖現場でもパニックを起こして生簀の網に突進して命を落とす愚直なまでに真っ直ぐな性質は、古代から広く人類に知られるところだったらしい。

ハマチ養殖では、当初から生簀での餌やりや釣りといった観光業も合わせて行われていた。最近では、農業体験の「グリーンツーリズム」と並んで、漁業体験「ブルーツーリズム」が注目を浴びている。奄美でも「カツオさばき」「マベ真珠の取り出し」などを含めて、メニュー開発の取り組みが始まっている。クロマグロの飼育現場は、美しい自然環境も含め眺めているだけでも楽しいものだ。ただし、マグロの性質やコスト面を考えると、素人が簡単に餌やりできるものではなさそうだ。

奄美探訪#30 ©まちいろ

左から榊純一郎さん(大島支庁林務水産課)、奥原誠さん(同)、宮武弘文さん(近畿大学水産養殖種苗センター)、川口智範(奄美市商工観光部)、筆者、山下久美子さん(奄美大島観光協会)

最後に、取材に同行していただいた皆さんと、種苗施設の前で記念撮影をした。先に述べたように養殖技術は人類の未来にも影響を及ぼす先進技術であり、情報管理においてもシビアな面がある。今回の取材は、関係各位の連携とご協力なくして実現は難しかった。クロマグロ養殖に、奄美の未来の一翼として期待を寄せる皆さんの熱い思いを受け止めた。

マグロに限らず、地域づくり全般の話につながる。今現在、奄美は決して有り余る「武器」を手にしている訳ではないが、常々言われているような「地味」な島でもない、と思っている。重要なことは,大きなイメージを共有しつつ、それぞれが創意工夫に励む地域のまとまりではないか。マグロの島。大島紬を創り育てた島人なら。できると思う。

 

 

取材協力

・鹿児島県大島支庁
http://www.pref.kagoshima.jp

・近畿大学水産研究所 奄美実験場
http://www.flku.jp

tanbo30-07

 


 

瀬戸内町での取り組み

「クロマグロ養殖日本一の町」瀬戸内町では、若手飲食店経営者らが「瀬戸内マグロ会」を結成し、養殖クロマグロを活用した様々なメニューを提供している。

 

奄美探訪#30 ©まちいろ
奄美探訪#30 ©まちいろ

取材当日は、参加店のひとつうどん屋さん(090-8297-0622)でマグロのお刺身付のランチをいただきました。カツオやシビとはまた違います。まずは味わって下さい。

参加店はクロマグロのイラストが書かれたのぼり旗が目印。どの店も歩いて5分以内ですので食べ歩きできますよ♪

瀬戸内マグロ会の情報は公式Facebookページをご参照ください
https://www.facebook.com/setouchimagurokai

 

これはボックスのタイトルです。

Profile

歩きすと

奄美探訪#30 ©まちいろとうだひでひと 1967年、鹿児島県名瀬市(現、奄美市)生まれ。筑波大学卒。第2学群比較文化学類にて宗教学専攻。卒業論文は『奄美のユタ神のコスモロジー』。研究継続を志して帰郷した後は、在野としてアカデミックな枠を超えた奄美研究に没頭し、その一環として奄美探訪を書き綴っている。大学在学中には男声合唱団メンネルコールに所属し、パートリーダー兼ソリストを務める。音楽嗜好はクラシック系歌曲からハードロックまで全般。最近は、地域活性化バンド「濱田洋一郎と商工水産ズ」の一員として「音楽のまちづくり」活動に取組んでいる。
また、25歳から始めた相撲競技では、職域相撲での優勝経験。県民体育大会での監督経験、全日本実業団及び西日本実業団への出場など、スポーツマンの一面も。奄美市職員。

この記事は平成25年8月発行のマチイロマガジン30号より転載しました。
掲載している情報は全て取材当時のものとなります。

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