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奄美大島山野草紀行 晩秋編

〜世界自然遺産登録への扉〜

画像奄美探訪ロゴ
世界自然遺産登録へのカウントダウンが始まろうとしている。
奄美の自然と人との関わりは、これからどういう方向へ進むのだろう?
僕らにできることは何だろう?
答えを求めて奄美の野山へ。
いざ探訪-

 

絶滅危惧

わだつみ館

わだつみ館 山下さん

左から筆者、山下さん、山下さんの奥様

わだつみ館で、ひきたての香り高いコーヒーをいただいた。ガイドをお願いした山下さんと、雲の流れを見ながら、大まかな行程を打ち合わせる。いい一日になりそうだ。

ガイド車は南へ、一路ホノホシ海岸へと向かう。ホノホシ海岸は、奄美大島南部観光の目玉の一つとしてよく知られている。荒波に揉まれる無数の丸石が永遠無常の響きを奏で、洞穴から激しく潮が吹き上げる様は、近隣のヤドリ浜が無邪気なほど温和な表情を見せるのとは好対照だ。

奄美探訪 ホノホシ海岸写真

そのホノホシ海岸が、貴重な絶滅危惧種の生息地であることを、知る人は少ない。

その名は「イソノギク」。

奄美探訪 イソノギク写真

イソノギク

春ともなれば、駐車場前の広場に絨毯のごとく一面咲き広がるその花こそが、環境省のRDB(レッド・データ・ブック)カテゴリーの「絶滅危惧ⅠB類(EN)」、近い将来、地球上から永遠に姿を消してしまう可能性が高いとされている希少な種なのである。

もう一つは「オキナワギク」。

奄美探訪 オキナワギク写真

オキナワギク

こちらはENに次ぐランクの「絶滅危惧Ⅱ類(VU)」。絶滅の危険が増大している種である。こちらは広場に群生しているイソノギクよりも心細く、岩肌にへばりつくように小さな小さな花を咲かせている。

「どうしてこんな所に?」という問いに対して、「厳しい環境だからだよ」と山下さんの答えは明快だった。孤絶された環境で生命をつないできた離島の動植物は、極端に競争力が弱い。ぬくぬくとして恵まれた環境は多くの生物にとっても望むべく場所であり、厳しい生存競争にさらされ、ひ弱な希少種は生き残ることが出来ない。

ちなみに、イソノギクが咲く広場は、それと分かるまでグラウンドゴルフ場だったという。絶滅危惧種の上でグラウンドゴルフ。知らぬこととはいえ、何とも冷や汗ものだ。


小宇宙/コスモス

山下さんが案内してくれるのは、道なき道の行きつく果てなどではなく、車で乗りつけられる場所がほとんどだ。

島の秋には、思いがけず「青」の世界が広がっていた。リンドウ、ハマジンチョウ(VU)、タチツボスミレ、タンゲブ…。路傍の花々に目を向ければ、北海道のラベンダー畑さながらの清冽な彩に心を奪われる。

奄美探訪 リンドウ写真

リンドウ

奄美探訪 アカボシタツナミソウ写真

アカボシタツナミソウ

特に、「アカボシタツナミソウ(琉球弧の固有種)」の精巧な造形には魅せられた。それは正に小宇宙。見入るほどに、絶妙な色彩と複雑な花弁の構造から目が離せなくなる。山下さんによると「特定の昆虫に識別してもらうため」、つまりこれも生存競争を生き残るための進化の結果とのこと。突き詰めれば、「美」とはそういうものなのかも知れない。

道々、シマウリカエデの黄葉、イイギリの実の紅色を愛でる。島の晩秋は、とても色鮮やかだ。誰ですか?「島の紅葉はハジギ(ハゼノキ)だけ」と言い回ってる人は。ウガシアランド。

新しい価値観を与えることによって、見慣れた風景を全く違うものに見せてしまうのが名ガイドなのだと得心する一日でもあった。

 

霊木

大島海峡沿い、美しい浜辺の汀を渡り、その樹に会いにいった。その姿は灌木に守られていて、案内がなければ近づいても容易に認められない。

密集する枝のカーテンをかいくぐると、逆光を背に、「サキシマスオウノキ」奄美大島最大級の個体が姿を現した。「鹿児島県絶滅危惧Ⅱ類」に指定されており、奄美大島が北限だ。

奄美探訪 サキシマスオウノキ写真

サキシマスオウノキと筆者

何と言っても印象的なのは、四方にのたうち地を嚙む板根で、ここが日本であることを忘れてしまう一種異様な光景を現出する。沖縄では、この板根がサバニの原材料(舵)として、その他の部分は薬草や染料として使われていたそうだ。

奄美探訪 サキシマスオウノキ写真

サキシマスオウノキの板根

この樹の実は、ウルトラマンの顔に似ている。それも妙に懐かしさをかき立てる、顔がベコベコした初代ウルトラマンだ。中に種子が入っている他は空洞になっており、海辺から海辺へと箱舟となって生命を運ぶ。魅力的な観光資源は、まだまだ沢山埋もれているのだと思った。

「霊木」とは、こういう樹のことを言うのではないだろうか。思わず「老師」と呼びかけたくなる、言葉にできない威厳と魅力を備えている。「その内、ロープの外から見ることになるかもね」と山下さん。今日会えて良かった。その深い懐にいつまでも抱かれていたくなった。

 

霊峰

奄美探訪 湯湾岳頂上写真

湯湾岳頂上

標高694m。奄美の島建伝説の霊峰として知られる湯湾岳は、今回の世界自然遺産候補地エリア(奄美・琉球諸島)の最高峰でもある。頂上一帯が、国の天然記念物、国定公園特別保護地区に指定されており、動植物の捕獲や採集が禁じられている。

今回の世界自然遺産登録に向けたセールスポイントが「生物多様性」であること、標高差が動植物の多様性に大きな影響を与えることを考え合せれば、山下さんが湯湾岳を「特別な場所」と言うのはむしろ当然のことだ。

山頂近くの登山道入り口は、亜熱帯の島とは思えないほど冷え込んでいた。しばしば降雪が観察される木道には、サザンカの白い花びらが散っていた。

ここでのお目当ては「ユワンツチトリモチ(準絶滅危惧種:NT)」だ。

イジュの根元に真紅の小さな傘がチラホラ。知らぬ間に童心に帰って、森の妖精との出会いを楽しむ。

山頂近くでは、トクサラン(NT)の群生も見ることができた。ここ最近は、相次ぐ台風の襲来による倒木などで森に日が射すようになり、かえって森の花々の花付きはいいのだとか。松枯れなどもそうだが、自然の大きなサイクルは、人間の尺度では計りかねる。過去を振り返れば、松くい虫対策として薬剤を空中散布したり、ハブ対策でマングースを持ち込んだり、人間の浅知恵でどれほどのダメージを自然に与えてきたことか。

危なっかしい展望台に上がって、奄美・琉球諸島の天井から森を見下ろす。貴重な固有の動植物が豊富に存在するこの山を、神屋地区や金作原などを含めていかに開発や盗掘から守るかが、世界自然遺産登録に向けた大きな命題だ。

奄美探訪 湯湾岳写真

湯湾岳からの眺望

 

弧絶~弱さを強みに~

「弱さ」と表裏一体の「希少性」は、「強み」にもなりうる。細々と命をつないできた固有種たちは、奄美に世界中からの注目を集める千載一遇のチャンスを与えてくれている。そして、そうした可能性は、島の人と文化にもあてはまる。

例えば、島の方言「シマユムタ」は、世界自然遺産登録に先立って、2009年にユネスコにより消滅が危惧される独立した言語として指定されている他、奄美の自然と技巧の極みから生まれる黒いダイヤ本場奄美大島紬は、今でも世界に誇るべき産物だ。

わだつみ館という名の由来ともなっている「ワダツミノキ」は、八重山諸島のみに分布するとされていたクサミズキが一九七七年に奄美大島で発見されたと思われていたものが、2004年京大研究グループによって新種であることが判明。海辺に生育することと、グループのメンバーが奄美在住のアーティスト元ちとせのファンだったことから、彼女の代表曲からその名が命名された。確認されているのは僅か数十本。「絶滅危惧ⅠA類:CR」という最上級の希少種であるクサミズキより、更に貴重な品種である。

元ちとせという唯一無二のアーティストが存在しなければ、フィクションとして描かれた木がこの世に立ち現れることもなかった。人の想念と自然界の奇跡が高次で融合した稀有な例と言えるだろう。ワダツミノキには、わだつみ館で逢うことができる。

奄美探訪 ワダツミノキ

ワダツミノキ

最後に観察したのは、大浜海浜公園のトベラの木の根元に咲く「キイレツチトリモチ(県準絶滅危惧種)」だった。ユワンツチトリモチの朱色とは対照的な、鮮やかな黄色を楽しむことができた。こんな観光スポットでも希少植物が見れるのだから、やはり奄美は素晴らしい所だ。締めが寄生種続きというのは、「自然では飯が食えん」とうそぶきつつ、その実、奄美の自然に生かされている島人への皮肉と感じたのは、多分僕の思い過ごしだろうが。

奄美探訪 キイレツチトリモチ

キイレツチトリモチ

 

世界自然遺産登録に向けて

去る11月、国内全ての世界自然遺産地域の推薦、登録に貢献してこられた国際自然保護連合委員レスリー・F・モロイ氏が、奄美・琉球諸島の登録について残したコメントは重く、厳しいものだった。

モロイ氏は、「生物多様性」について高く評価しながらも、「世界的に重要かどうかについては議論の余地がある」とし、加えて、法的保護措置、緩衝機能、管理計画等が不十分としている。

自覚しなければならない。奄美大島の自然が素晴らしいのは間違いないが、単独で世界遺産と呼ぶには致命的に規模が不足している。だからこそ、その他の島々を含めての指定を目指さざるをえないし、十分な法的・人的な保護体制が求められる。

国立公園化など関係官庁を中心に推進していただかなければならない部分はあるが、特に問題は「人」だと思う。クロウサギが現れる林道沿いに不法投棄やペットの遺棄を禁ずる看板が立ち並び、頻繁にクロウサギのロードキルが見られるようでは、先行きは暗い。

では、奄美を愛する島人として何から始めるべきか?僕の答えは、「まずは奄美の自然を知ること」。専門ガイドの導きで、改めて奄美の自然に学ぶことをお勧めする。個人でのガイド依頼が敷居が高いと思われるのであれば、各種観察会や春と秋に開催される「あまみシマ博覧会」などに積極的に参加してみてはどうだろうか。

国内には、世界文化遺産暫定リストに掲載されたものの、宙ぶらりんのまま十数年が経過する地域もある。油断は禁物だ。島人の自然へのリスペクトが本物になった時、世界自然遺産登録への扉が開き、地域社会が多少の恩恵にあずかる道筋にも光が照らされるはずだ。

奄美探訪

沿道での観察中、サカキカズラの種子を付けた綿毛が飛んできた。それは晩秋の逆光にかざせば純白の絹糸のように輝き、希望の光のように見えて、風に放った。

お知らせ

○ガイドをお願いした山下さんのサイト「植物写真家 山下 弘」はコチラです
http://amami-yaseiran.com

○あまみシマ博覧会のサイトはコチラです
http://shimahaku.goontoamami.jp

これはボックスのタイトルです。

Profile

歩きすと

奄美探訪 歩きすと プロフ写真とうだひでひと 1967年、鹿児島県名瀬市(現、奄美市)生まれ。筑波大学卒。第2学群比較文化学類にて宗教学専攻。卒業論文は『奄美のユタ神のコスモロジー』。研究継続を志して帰郷した後は、在野としてアカデミックな枠を超えた奄美研究に没頭し、その一環として奄美探訪を書き綴っている。大学在学中には男声合唱団メンネルコールに所属し、パートリーダー兼ソリストを務める。音楽嗜好はクラシック系歌曲からハードロックまで全般。最近は、地域活性化バンド「濱田洋一郎と商工水産ズ」の一員として「音楽のまちづくり」活動に取組んでいる。
また、25歳から始めた相撲競技では、職域相撲での優勝経験。県民体育大会での監督経験、全日本実業団及び西日本実業団への出場など、スポーツマンの一面も。奄美市職員。

この記事は平成24年12月発行のマチイロマガジン第27号より転載しました。
掲載している情報は全て取材当時のものとなります。

 

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コメント

    • 四條淳也
    • 2016年 9月 16日

    初めまして、奄美市名瀬生まれ、神奈川在住の73歳です。
    奄美大島の大切な自然遺産をいつまでも大切に守ってくださる方々が居られることは大きな喜びです。一度失った自然は再び戻ってきません。住民の意識を少しでも高めて行きましょう。

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