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国直集落

画像奄美探訪ロゴ
夏日。
なぜまち市役所前バス停から「島バス」に乗り込みました。
目指すは大和村国直(くんにょり)。
いざ探訪ー

 

国直気質

奄美探訪10©まちいろ今回、案内役をお願いしたのは、「島魚・国直鮮魚店」なる屋号で、島への愛情に満ちたブログを展開している「えらぶち兄ょ(以下、「兄ょ」)」。自身と後輩のために、国直海岸での結婚披露宴を企画・運営した御仁として知られています。

各集落が山に隔てられた奄美大島は、シマジマの気質の違いが殊に面白い。国直気質を問うと「やっぱり荒場は野蛮かもや」と苦笑い。声が大きく、思ったことを率直に口に出す。大和村に限らず、外海に面する集落に共通する気質のようです。

集落内を歩いていると、兄ょの実家を訪ねてきた一団に出会いました。現れた兄ょのおっかんが、大きな声で「アブジー!」。再会の喜びと驚きをまとめて表現する一言で、瞬時にお馴染みだった昔に時間を戻してしまう言葉の力。心が溶け合う様な団欒が始まりました。僕の頭の中では、実は国直で唄われることがないという『国直米姉節』の軽妙な節回しが響きます。

荒いのではない。飾りがないだけ。兄ょもワイルドな風貌とは裏腹に、その口調と心根はどこまでも優しい。おっかんの手作りケーキも、とってもおいしかったよ。

 

宮古崎

奄美探訪10©まちいろ

宮古崎を目指し意気揚々と船出する筆者。恐怖の崖登りが待受けているとは、この時はまだ知らない

兄ょの「でぃ!」の一言で、僕らは浜から舟を出しました。目指すは「宮古崎」。集落から海に向かって右端の岬で、遠目には女体が横たわっているように見えます。海の男になったが如き武者震いが、実は未知なる世界への本能的な怖れであったことにやがて気づかされます。

兄ょが巧みな櫂捌きで岩場に舟をつけると、強風のために矮小化した笹がパンチパーマのように地表を覆う道を登っていきます。傾斜のキツサよりも、肩幅より外は断崖と見える景色に足がすくみ、同道した兄ょの甥っ子・ユウハ君(名瀬小1年生)にも水を空けられる始末。頂上付近の谷で草スキーを楽しんだという逸話には目がくらみます。それでも自称「歩きすと」何とか頂に立つことができました。

 

奄美探訪10©まちいろ

かつては野生のツツジが咲き乱れ、最盛期には真っ赤なジュータンに覆われたようであったという

 

奄美探訪10©まちいろ深呼吸してベンチに立ち、330度の大パノラマを望みます。道路事情の悪化により忘れられつつある往年の観光スポットですが、何人をも寄せつけないかのような無骨な様はかえって魅力的で、その絶景には人生観をも変えてしまう力強さがあります。

国直集落の心の拠り所であり、守り神のような存在でもあるという宮古崎。岩の一つひとつにまで名前が付けられ、根付きの魚まで語り継がれているとのこと。豊かな水産資源を抱く宮古崎の存在は、国直の魅力をより奥深いものにしています。

 

 

フクギ

奄美探訪10©まちいろ兄ょが一番見てもらいたがったのが、集落内を縦横に走る「フクギ並木」。潮風に強く、奄美・沖縄の防風林として一般的な木ですが、ここまで並木が綺麗に残っている集落は稀です。西日が強い国直にあって、砂地の並木道には涼やかな風が流れ、往時のシマの空気が佇んでいます。風の強い小さな集落で、集落民が肩を寄せ合って暮らしていたんだと愛しげに語る兄ょ。

実は、中 孝介のアルバム『絆歌』のジャケットは国直のフクギ並木で撮影されたもの。国直集落民の「絆」を象徴するフクギ並木を背景に選ぶとは、さすがは我らが島出身アーティストと得心しました。

成長の遅いフクギが巨木に育った並木道。直角に交わらない四つ角。サンゴの石垣。アダンの杜。国直で見られる懐かしい風景は、区画が整理されることなく静かに時が積み重ねられてきたことの顕れです。「フクギ」とは「福なる木」。この小さな集落がいつまでも幸福の宿るシマであって欲しいと願わずにいられません。

 

 

シマを守る

兄ょ宅の庭先には無数のツツジの苗。かつて宮古崎に群生していた野生のツツジは、遊歩道が整備されたために乱獲され姿を消しました。兄ょの仲間たちは、宮古崎のツツジを再生させようと、地道に準備を進めているのです。

奄美探訪10©まちいろ夏休みの国直海岸は、美しい砂浜、トイレ・シャワーの施設、魅力的な民宿・飲食店の存在もあって、多くの海水浴客で賑わっています。国直海岸にゴミひとつ落ちていないのは、毎朝、喫茶店の奥さんが清掃してくれるから。訪れる皆さんには、きちんとマナーを守っていただきたい。

また、水産物を組織的に乱獲するグループとのトラブルもあるとのこと。集落は資源回復のために種苗放流にも取り組んでいます。悲しい過去を繰り返すような心無い行為は厳に慎みましょう。そのまま残したい長所もたくさんあるけれど、島の宝を次代につなぐために、島ッチュはやっぱり変わらなければいけない。と思います。

そして、島の活性化を志す同世代の人間として、今回の取材を通じて、兄ょの姿に強い刺激をもらいました。気負うことなく、開かれた柔らかい心。地に足が着いたまなざしには揺らぎがない。僕もまち色も少しずつでも変わらなければ。

何年か何十年か先、宮古崎が真っ赤に染まる日が来ることを僕は信じています。

 

夏休み

取材を終え、東シナ海に沈む美しい夕陽を眺めつ涼みつ。胸の内まで茜色に染まるような、深い安らぎに浸るひと時。

さながらタイムマシンのような「島バスに乗って」、気がつけば、僕らは少年時代の夏休みへと帰っていたのでした。

奄美探訪10©まちいろ

 

Map

大和村国直集落

 

これはボックスのタイトルです。

Profile

歩きすと

奄美探訪10©まちいろとうだひでひと 1967年、鹿児島県名瀬市(現、奄美市)生まれ。筑波大学卒。第2学群比較文化学類にて宗教学専攻。卒業論文は『奄美のユタ神のコスモロジー』。研究継続を志して帰郷した後は、在野としてアカデミックな枠を超えた奄美研究に没頭し、その一環として奄美探訪を書き綴っている。大学在学中には男声合唱団メンネルコールに所属し、パートリーダー兼ソリストを務める。音楽嗜好はクラシック系歌曲からハードロックまで全般。最近は、地域活性化バンド「濱田洋一郎と商工水産ズ」の一員として「音楽のまちづくり」活動に取組んでいる。
また、25歳から始めた相撲競技では、職域相撲での優勝経験。県民体育大会での監督経験、全日本実業団及び西日本実業団への出場など、スポーツマンの一面も。奄美市職員。

この記事は平成21年9月発行のマチイロマガジン第10号より転載しました。
掲載している情報は全て取材当時のものとなります。

 

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